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2026年10月10日

数字で知るには遅すぎる。

Cobe Associe は、戦略と技術の問いを現場で検証可能な仮説に変えます。

「それ、ダサいっすね」と言われて、箸が止まる。

定期的に一緒に飯を食う年上の方がいる。店は向こうが決める。仕事の話は3割ほど、あとは本と将棋、誰それが最近つまらなくなったという話をする。その人が、私の話の途中でたまに言う。それ、ダサいっすね。声は小さいし、顔を上げることもない。こちらは口に運びかけたものを静かに皿に戻すことになる。

正直に言うと、言われた日の夜は少し落ち込む。それでも次に飯を食う日は、言われた直後ほど早く入れることにしている。この人が言ってくれなくなったら、私はもう終わりだと思っているからだ。

会社勤めの方なら、わかると思う。自分がつまらなくなったことを、売上も人事評価も教えてくれない。わかる日は来る。ただし、ずっとあとだ。

コダックは1975年に、世界で初めてのデジタルカメラを自社の研究所で作っている。作ったのは入社して間もない若い技術者で、撮った画像はカセットテープに記録された。会社はそれを棚に置いた。フィルムが売れていたからだ。その後のことは誰でも知っている。死ぬ直前まで、決算書は健康だった。>Kodak’s Downfall Wasn’t About Technology

会社でこれなら、個人はもっとひどい。売上は、事業が傾いたあとに下がる遅行指標である。評判は、人が離れたあとに静かに落ちていく。四半期ごとに答え合わせが来る仕事ならそれでもいい。だが答え合わせに5年かかる仕事がある。組織を変える。人を育てる。一つの専門を深く掘る。街に店を根づかせる。売上が教えてくれる頃には、撤退も軌道修正も、もう出来なくなっている。

将棋の感想戦のことを考える。勝負がついた食後、勝った人と負けた人が、同じ目線で、正直に、どこで曲面が動いたかを盤面を戻しながら確かめる。祝杯を急ぎたいなか、あるいは悔しさに海に沈むなかでやるのだから、双方ともにしんどい。しんどいが、これをやる人だけが強くなる。

フィリップ・テトロック(Philip Tetlock)という政治学者が、1984年から20年かけて、何百人もの専門家に何万件もの予測をさせた。政治と経済の専門家の的中率は、でたらめに答えたのとほぼ変わらなかった。テレビに出るような有名な専門家ほど当たらない。例外は、ブリッジの選手のように、当たったか外れたかをその場で突きつけられる人たちだけだった。専門知識の量ではない。答え合わせが早いかどうかで、精度が分かれていた。>Phil Tetlock on predicting catastrophes, why keep your politics secret, and when experts know more than you

時間のかかる仕事では、感想戦ができない。ないなら、自分で作るしかない。私は2つの毛色でやっている。

一つ。外との答え合わせ。ダサいと言ってくれる人が、まだいるか。自分より二十歳下の人と、仕事の話をした最後の日はいつか。飲み会で自分が喋っているあいだに、スマホを見る人が増えていないか。関西に住んで長いので、おもろくなくなったら終わりだと本気で思っている。おもろない、と思われている気配は、意外と気づきにくい。気づきにくいからこそ、直接いってくれる相手を自ら探し、その機会を求めないといけない。

二つ。内の答え合わせ。こちらは本との対話。読み終えて、付箋を一枚も貼らなかった本が増えていないか。それから、あなたはそのままでいい、と言ってくれる本に手が伸び始めていないか。この手の本を、私は個人的に、断固として拒否している。読んで気持ちがいいだけの本は、読書の顔をした自己正当化で、あれに手が伸びた時点で、もう固まり始めている。

どちらも売上や利益、組織規模などの事業計数とは関係が無い。測っているのは、自分が固まり始めていないか、それだけ。言ってくれる人と会う日を決める。読む本を変える。どちらも、今日からすぐにでも出来ることである。

仰々しいが、実態は飯を食うことと、本を開き文字を目で追うことである。

反論はもちろんある。結果がすべてでしょ、という立場だ。コンサルの現場でも、途中の過程は問わない、賭けが当たったかどうかで人を判断する、という経営者に何人も会ってきた。四半期で答えが出る仕事ならそれで正しいのだろう。3年の在籍期間、つまり12回、一回も外れなければ無事退任だ。名誉職が待っている。バカかと。答え合わせに5年かかる仕事に結果主義を持ち込むと、5年後に結果が出て、そこで初めて判断が下る。直す時間は残っていないし、直す義務を追うのは後任・後輩たちだ。短絡的な論理でそれっぽいことを言って、時間を浪費し、やっぱり駄目でした。アホである。苦言を呈されるより、待つほうがずっと楽なのだけれど、それに流れるのはゴミの所業だ。

ダッシュボードに「ダサいと言われた回数」の欄は作れない。

正確に死因を教えてくれる決算書より、グサッとくる一言をくれる人や本との出会いのほうが大切だ。精度よりも速度が大事な瞬間は多い。

あなたに「ダサい」「おもんない」と言ってくれる人は、いま何人いるか。その人と次に飯を食う日を決めておいたほうがいい。答え合わせは、あなたの進化・前進は、その予定がゼロになった日に終わるのだ。

珠洲市の道の駅で見かけた大の里サイン。優れた人を見習おう。

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